平和をわれらに

mayucoplasma
 
 
中学生の頃 今から半世紀前位は
まだ戦争の傷後がところどころ残ってた。
岡島デパートと中銀本店の間にある
通りには、時々数人の傷痍軍人がゴザに座って
物乞いをしていた。
足が無かったりした人が白装束でアコーデオンを
ひきながらね。
物悲しい歌でね。
可愛そうでそこを通るのはイヤだったなあ。
父型の祖父は兵隊にとられ満州へ行き
シベリアに4年抑留されてた。
その頃の話は聴いた事ないなあ。
祖母は大変だっただろう。
 
ちょうどその頃、少年マガジンに連載されていた
やまがみたつひこ 光る風も 衝撃的だったしね。
先日の天皇の儀式 特に祝砲の不気味さを
見てまたその日がちかずいていると思う。
気をつけないとね。奴らは狡猾だから。
 
死んで神様と言われるよりも
生きてバカだと言われましょうよね。
きれいごとならべられた時も
この命をすてないようにね。
 
戦争はみじめだ。
旨い事言われても騙されちゃあいけない。
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